ニューヨーク・ハードコアを特集した、VICEの音楽チャンネルNoisey制作のドキュメンタリー。日本語字幕付き版がVICE JapanのYouTubeチャンネルにて公開。ナレーションはランシドのティム・アームストロング。
このドキュメンタリーは、私たちの文化と生活を大きく支えてきた音楽は、現在のシーン、そして現在の社会に、どのような影響を与えてきたのかを検証するドキュメント・シリーズ「UNDER THE INFLUENCE」の第1弾。
以下、インフォメーションより
多数のアーティストやミュージシャンなどを輩出した街ニューヨーク。その個性的なキャ-ラクターや作品は、世界中の人々を虜にし、数々のシーンを生み出した。しかし1970-年代に入ると財政は傾き、犯罪も増加。ニューヨークの治安は一気に悪化する。
白人層は-次々に郊外へ逃げ出す中、ニューヨークに残ったのはワーキング・クラスの人々。彼らは-、パンクさえも古い価値観と捉え、独自のシーンを形成していく。ニューヨーク・ハード-コアの誕生。
シーンに携わった当事者、そしてそれに影響された人物を訪ね、現在までに繋がるニュー-ヨーク・ハードコアの軌跡、功績、そしてその精神を探る。
インタビュー:ヴイニー・スティグマ(AGNOSTIC FRONT)、ジョン・ジョセフ(CRO-MAGS)、ディート・モンティエル(MA-JOR CONFLICT)、
ウォルター・シュレイフェルズ(GORILLA BISCUITS)、スコット・ワインガード(TEXAS IS THE REASON)、ネッド・ラッシン(TITLE FIGHT)他
おしまい。
女子ボーカル嫌い
’81年にC.B.G.Bで拝見してから、ずっと気にかかってました。
タフガイ・マッチョハードコア シーンがN.Yを席巻する前の話でスレ違い、恐縮です。
どちらもN.Yで結成されたストリートパンク系のカッコいいバンドですね。私も普段よく聴いています。
このスレってAgnostic Frontあたりを筆頭とするタフガイハードコアについて書いた方が閲覧する皆さんが楽しめるんでしょうね。
私(ジジイです)は、44で’81年に観たオールドスクール群:Heart AttackやNihilistics、Kraut等の事を書こうと思ったのですが、ちょっと遠慮させてもらいました。
タフガイ系でいえば、80年代半ばの頃、Warzoneのメンバーと交流を持とうと思った時に、彼らのマネージャーから「メンバーは人種の問題について少しばかり神経質なんだ」と言われ、意気消沈した思い出があります。
>>46
Warzoneのレイビーズってレイシストだったのですか?
まずは、彼らがレイシストなのかどうかハッキリ言って分かりません。
先のWarzoneのくだりは、’85年に新婚旅行でN.Yを再訪した折に体験したことです。
のちに、Revelation Recordを興すことになるジョーダン・クーパー(当時、Warzoneのマネージングをやっていたと思われる)という人物から件のコトを告げられました。
そこで、「あれっ!レイビーズたちって、レイシャル・プレジャディスを無くそうと働きかけてるんやなかったんかいな?」と思いつつ…..
「まぁ、これ以上、ツッコんで雰囲気悪ぅ~すんのもなんやし、こんなもんでおいとこか。」と少しばかり怪訝な気持ちを抱きながらも、その場を離れることにしました。
新婚旅行という限られた期日の中での、ハードコア・マチネ参戦だったので、あまりムリをすることは避けました。
長々と、申し訳ございません。
81年に44才でハードコアのギグに通ってたの?
現在は81才?
STIMULATORSとかThe PsychosとかUrban Wasteとか
ManowarのRoss the BossがやってたDictatorsとかも見た?
80年代前半のNYHCを現地で見ていた日本人なんて貴重だろ
Mitch sxeよりも前に現地のハードコアを体験してんだもんな
ややこしい書き方をしてゴメンなさい。
44はこのスレでの番号というか44番目のレスポンスということです。
話は変わって、当方58歳。’81年当時は21歳の大学生。前年の’80年はイギリスにいました。留学生ではありません。無銭旅行中バックパッカーでした。
貴方が挙げられた、ハーレーのいたStimulatorsやThe Psychos、Urban Wasteは観ることができました。他にも44で書いた谷さんのThe MadやThe Undeadなどなど。有名どころではBad Brainsですね。残念ながらDictatorsは観れてません。
確かに、当時のロワーイーストやセントマークスでは日本人の姿を見かけることはあまり、ありませんでしたね。居たとしても芸術家くずれ?のジャンキーばかり、繋がりが持てなかった。
船原長生氏在籍時のPlasmaticsのライヴは観ておられますか?
Frictionのレック氏在籍時のTeenage Jerks & Jesusとか?
あとジョン・レノン&オノ・ヨーコ夫妻を見かけたりとかってありますか?
最初にご報告します。Plasmaticsは観れてません。
勿論、船原氏は在N.Yの日本人の間では非常に有名な人物でした。ただ、船原氏は、私が彼の地に居た’81年の前年の’80には、Plasmaticsを脱退され、元々、氏が志向されていた映画の世界に進まれていたと思います。
ついでながら、私の中でPlasmaticsはギミックの多い、色もの的(ウェンディの風体が)なフェイクバンドというイメージが拭いきれず、興味が湧かなかった為に観るに至りませんでした。しかし、今となっては、チョット観ておいても良かったかなと少し悔やむところはありますね。
まず最初に、「観れてません!」と言っておきます。レック氏は’70年代の後半に渡米され、Teenage Jesus & the Jerksに加わり、’80年を迎える前に帰国されていますね。Contortionsのチコヒゲ氏も同様だと思われます。
ついでながら、N.Y No Waveのバンド群(D.N.AやMarsなど)も’81年にはまだまだ居たのでしょうが、私の方が東海岸側(D.Cやらボストンやら)の街を徘徊(未知のパンクバンドを探してウロウロ)していたので、観る機会を逸してしまってました。残念。
冒頭から、「見かけてません」と言っておきます。(こればっかりやな)
ジョンは’80年の12月に鬼籍の人となりました。半年以上たった’81年の私がいた頃でさえ、グリニッジ・ヴィレッジ周辺にはジョンを悼む空気が漂っていたのを覚えています。
ついでながら、私はジョンの最初の奥さんであるシンシア・パウエルがお気に入りでした。後から横恋慕(ジョンが一方的に惚れたんだろうけれど)してきた、アルマ・コーガンやオノ・ヨーコはあまり好きではありませんでした。
(「オドレの好みなんぞ、聞いてないわい!」と誰かツッコんで!)
長々と申し訳ありませんでした。
そんな時代にニューヨークなんて
超危ない町じゃない?怖いめにあったこと
ある?
確かに、ぶっそうな所はたくさん有りました、CBGBのあるバワリーのあたりもヒドイものでした。しかし、それほど怖い目に遭うことが無く、過ごせたのは幸いでした。
ただ、イギリスから流れて、N.Yに辿り着いた時の、私のいでたちがあまりにもヒドイものだったので、被害に遭うことも無かったのかなと反芻します。
想像してみてください。(おっ、ジョン・レノンみたいやな。俺って!)
貴方が関東圏の方なら、東京の山谷や横浜の寿町。中京地区の方なら、名古屋の笹島。京阪神地区の方なら、私の心の故郷、西成・釜ヶ崎。福岡県のコトをよく知る方なら博多築港などに20~30年前、
昼日中からワンカップ片手にウダウダ言ってる歯の無いオッさんたちの格好を。そう、頭髪にチューインガム絡ませて、道路の側溝に寝そべっているオバはんたちの姿を。当時の私はそれの上を行く風体でした。コレが功を奏したのかもしれません。
長文、失礼しました。
サンクスです
新婚旅行でハードコアってすごいね
https://pbs.twimg.com/media/DoI8gqlUcAAXLwn.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DmvCYxoU0AA_JiY.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DmvCZQyVAAAAeZx.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DmvCZ8jUcAI9df8.jpg
共産党好きなんだなw
面白いお話をありがとうございます
時間押しすぎてて最後まで見れなかった
続々皆帰って行ったし、せっかく20年ぶりなのにもったいない
来日を勃起して待て!
Exotica (Damaged City Fest Day 2) 2018
https://youtu.be/YTosAmWPOdc
だっさ
聴衆に、東洋人の姿もチラホラ。
碧い眼のナゴムギャル(死語)みたいな娘サンもいますね。
なにもかも、変わりましたね。
女性も観覧できるギグ。人や時代は変わっていくんだから、コレでいいんでしょうね。
NYCのシーンはNo New York~New York Thrashの頃に回帰すべき!
No New York
https://youtu.be/nul3A0pS_oc
New York Thrash
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_nVaV55STyVTrYfc-CSvmrMblQJA-28ugw
Speed Trials
https://youtu.be/OQ6wYRKW0Nw
https://www.discogs.com/Various-Plow/release/262821
https://i.imgur.com/aMv5f6U.jpg
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https://i.imgur.com/0LsR5cJ.jpg
2018年10月31日発売予定 EL ZINE vol.33
●WOMEN in HARDCORE
・EXOTICA (11月に来日ツアーを予定しているニューヨークの女性Voハードコア・バンド、EXOTICAへのインタヴューby Shogo/GREAT DANCE・PLANKTON L/S/D)
・MALIMPLIKI (EXOTICAと共にツアーを廻る、東京の女性3人組ロウ・ハードコア・パンク・バンド、MALIMPLIKIへのインタヴューby Shogo/GREAT DANCE・PLANKTON L/S/D)
・KRIMEWATCH (THE COMES meets NYHCなサウンドで話題沸騰中の、日本人女性がVoを務めているニューヨークのハードコア・バンド、KRIMEWATCHへのインタヴュー)
・RINA (メキシコ・シティの女性Voロウ・ハードコア・バンド、RINA [VoとBaはex.ANTI-SEX]へのインタヴュー、その後編)
・PAST (THE FIGHT [vol.5にてインタヴューを掲載]などのハードコア・バンドで活動してきたGosiaがVoを務めるポーランドのポスト・パンク・バンド、PASTへのインタヴュー)
●BLACK KONFLIK RECORDS (カセット・テープでのリリースをメインに行なっている、マレーシアのクラスト・パンク/ハードコア・レーベル、BLACK KONFLIK RECORDSのオーナー、Aizuへのインタヴュー&ディスク・レヴュー)
●フィンランド・デス・メタル座談会 (BUTCHER ABC etcの関根氏、FAST ZINEの松本氏、RECORD BOYの大倉氏による、フィンランドのデス・メタルについて語ってもらった座談会)
以下略
68です。
上の方で、N.Y体験記のような駄文を垂れ流していた者です。
貴方のお言葉には強く同意します。
’80年代初頭のC.B.G.BsやMAX’sを知る者として、あの頃のヒリヒリとした緊迫感が懐かしいかぎりです。(とはいっても、後にジミー・ゲシュタポが被った災厄みたいなモノは、御遠慮しますけどね。)
EXOTICAの動画(貴方が提供されたんでしょうか?5ch等に疎く、分からないんもんで…..)、観せてもらいました。
「少しばかり、一本調子すぎるかな?もうちょっと起伏が欲しいなあ~。」といったところですかね。
ステージの途中で、ローレン嬢が唾を吐くところなんか、少しムリしてる(自分〈アンタという意味です〉、いつもそんなコトやってないやろ?)ように見えて、少し笑えました。
これまでにもバンド経験のある彼、彼女らですから、より確固たる形になったEXOTICAのこれからに期待したいと思います。
スレ違いになりますが、’80年にイギリスで観た、今は有名なハードコア・バンドたちも、その最初期なんかは正直言ってとんでもないもんでしたよ。
長々と申し訳ありませんでした。
もっとお話聞かせていただきたいです。38歳の自分にも貴方のような先輩がいるんですが、NYで遊んでいたのはもう少し後だと思われます。CRASSのスレでも楽しみにしてますよー(笑)
ダンジグ(Danzig)、Warzone、アグノスティック・フロント(Agnostic Front)、Murphy’s Law、Fireburnなどでの活躍で知られるギタリストのトッド・ユース(Todd “Youth” Schofield)が死去。
彼の友人や家族がソーシャルメディアを通じてスコフィールドに賛辞を送っています。死因はまだ明らかにされていません。47歳でした。

まだ、若いのに…..
R.I.P Todd
ハロウィンを流行らせた左翼メディアや広告代理店が憎い
なぜ流行らせたのか?
テレビや雑誌に広告出して扇動すれば
馬鹿な大衆が踊らされて企業や組織が潤うからだよ
正月に餅食ったり、ゴールデンウィークに旅行したり
クリスマスにケーキ食ったりホテルでセックスしたりするのと同じだよ
左翼メディアと広告代理店によって大衆は確証バイアスを埋め込まれたのだ
この国では流行りは自然発生的に生まれるモノではなく
○○を流行らせようとする左翼メディアや広告代理店によって
作り上げられるモノなんだよ
日本人は踊らされやすい 米軍は昔からそれを知っていたから
3S政策がうまくいった
ハロウィンが流行る前、俺はミスフィッツのハロウィンが好きでよく聴いていた。
Pumpkin faces in the night
I remember Halloweenの歌詞が脳裏を駆け巡る
今や、この曲でさえ忌み嫌うようになった

https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/hrhm/1551440613/
https://en.wikipedia.org/wiki/Crossover_thrash
Throughout the early and mid 1980s, the term “thrash” was often used as a synonym for hardcore punk
(as in the New York Thrash compilation of 1982).
1980年代初期から中頃にわたって、
「スラッシュ」という言葉はハードコア・パンクの同義語として
しばしば用いられていた。
(1982年のコンピレーション the New Yoruk Thrash のように)
もうどうでもいい。レーザーズエッジとかJスラッシュのイメージになってしまったし。
モトリー・クルーに謝れ!
それを「START TODAY」って通販で食い物にして儲けてたのが現ZOZOTOWNの前澤www
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